頼光の腰掛岩【大江山の鬼(4)】(京都府福知山市)

源頼光が休んだ岩

は、鬼の足跡のすぐ近くにあります。

大江山の酒呑童子討伐に来た源頼光が腰かけて休んだのだとか。

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座りにくそうっ

中央の亀裂は、試し斬りの際についた傷です

・・・とか言ったらそれっぽいのですが、特にそういうお話は見つかりませんでしたテヘペロ

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岩の上に木。永い時を感じさせます。

頼光の鬼退治伝説

ここでちょっと源頼光と酒呑童子のおはなしについてご紹介。
(様々なヴァージョンがありますが、よく知られている大筋を簡単に要約。)

むかしむかし、酒呑童子という鬼が京都の街を荒らしていました。
あまりの悪行ぶりに、帝は源頼光に討伐を命じました。

頼光は友人の藤原保昌、頼光四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)をひきつれ、酒呑童子を倒しに大江山へ。
(ちなみに坂田公時は、昔話「金太郎」の金太郎です!)
頼光は山伏姿に扮して酒呑童子たちと酒盛りを行い、「神便鬼毒酒」という毒酒を酒呑童子に飲ませ、動けなくなったところで首をはねました。
その首ははねられた後も頼光のかぶとにかみついていたといいます。

その首の行方については、京に持ち帰ったあと宇治の平等院に納められたとか、老ノ坂で道端の地蔵尊に「不浄なものを持ち込むな」といさめられそこに埋めただとか、大江山の山中に埋めた(鬼岳稲荷山神社の由来)だとか、いろいろいわれているようです。

 

・・・酒呑童子は最期に、「鬼に横道なきものを」(鬼は人をだましたりしないぞ)と言って頼光を非難したそうです。
だまし討ちですもんね。

日本で語り継がれている「鬼」の正体は、土着の民だったとか、政府に異を唱える者だったなんていう説もあります。
さて。実際のところ、ワルモノはどちらだったんでしょうね。

鬼の楽園

腰掛岩までくると、山道の遊歩道はあとわずか。
足元がアスファルトになり、車道にもどります。

そこで振り返ったわたしの目に飛び込んできたものが

 

 

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は・・・?

 

吊り橋わたらなくてもいけたんじゃん!!!!

 

「またきてね(^○^)/」
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うるさいっ

 

下山中も、あちこちに鬼の姿が見られました。

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緑鬼。

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消火栓も鬼!

大江山は、今また鬼のパラダイスになっているようです。

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